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「福島の今」を訪ねる2日間

熊谷市日本共産党後援会主催で、7月5日、6日、福島県相馬市方面に出かけた。

前回はいつ行ったのか記憶があやふやであるが、テトラポットや木々がまだ畑や荒れ地の中にあった。その後行った時には、塩害のため草木がまだ茶色だったし、仮設住宅にはたくさんの方が住んでいた。数時間の自宅への訪問を大事にして掃除に出かけているとおっしゃっていた。汚染土壌が黒い袋に入って山積みにされていた。今も汚染物の袋は山積みだったが、袋が破れるとのことで、袋の上にさらにシートがかかっているところが多かった。また、汚染物を金物、木々、石など分ける作業も行われていた。

今回、半日付き合って案内してくれた内村さんは相馬市の方。一戸建てだが市営住宅のようなところに住んでいる。5年後には買取を言われているというが、できない方も多いのでは。相馬市は、1回も避難指示は出なかったところであるが、自主避難の方はもちろんいる。

お昼は、NPO法人「野馬土」でお弁当を頂いた。NPO法人「野馬土」は南相馬市小高地区から避難してきた福島県浜通り農民連絡会が運営している直売所で、隣には、相馬市農民連絡会が米を集め放射線量の全袋検査を行う大きな倉庫があった。いつまで全袋の検査をするのだろうか。

南相馬市の小高は避難解除になったが、ひっそりして、畑や田んぼは一面草。住んでいる気配がない。除染をして帰る車の汚れを落とす「スクーリング施設」もあった。

浪江町の駅にも行ってみた。小高までの電車が開通したばかりで高校生が多く利用しているのを見て、地域の方は元気をもらっているらしい。しかし、撤去予定の家があちらこちらにあり、番号が付けられていた。歩いていると、警察から呼び止められた。「空き巣が多いので」とのことだったが、地元の警察ではなく助っ人の警察だった。浪江町の役場に隣接して仮設商店街があった。と言ってもクリーニング屋さんとお土産屋さんと、5件ぐらいだったかな。私はB級グルメで優勝したこともある「なみえ焼そば」を購入してきた。

地震と津波で壊れた請戸小学校が見える丘の上は、小学生が「てんでこ」で逃げる防災の教えで逃げたどり着いた場所がすぐそばにあった。お地蔵さまも立っていた。そこで、偶然「浪江まち物語伝え隊」の方に出会い、説明もしていただいた。

帰りには、いわき市の「ららみゅう」で昼食と買い物。ここにも震災時の展示があり、海に風力発電を浮かべている実験の模型もあった。被災地では農地にも太陽光発電が設置できることで多くの太陽光発電が見られたが、風力も併せてどんどん進んでほしいと思った。

なんと充実した2日間だったか。前に向いて歩いている人たち、それにたいし国や東電の責任としての不十分さを感じる機会だった。一緒に行ったメンバーともまた仲良くなれ、これも財産となる。

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「桜井くるみ日本共産党熊谷市議ブログ」7月9日付より)


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